再会

僕は電車に乗っていた。新宿で気乗りのしない食事をした帰り道だった。逃げるように帰ってきた。
夜の窓に張り付き、飛ばされていく雨粒を一人ぼんやりと見ていた。傘を持っていなかった。
食事した相手に落ち度はない。バッグだけ高級ブランドな所とか、他愛もない誇張をする所とか、笑い声がちょっと響き過ぎる所とか、トイレで化粧を直し過ぎる所とか、急に遠慮がちになる所とか、そういった相手の一挙手一投足に違和感を感じて、翻ってそんな自分の空虚さに嫌気がさした。
相手は僕が嫌いではないようだ。だったら僕も相手を大切に思うべきだ。デリカシーと無邪気さのバランスを評価するんじゃなくて、善意と好意を持っていてくれるなら、それで満足できる筈だ。
でも、ほんのちょっとした違和感が蓄積されて、例えば長く一緒にいた人でも、決定的な亀裂のもとになる場合もある。むしろいつもそうだ。
雨は少しだけ強くなっている。夜の電車の暗い窓ガラスはたぶん幾千という雨滴で刺繍されていて、そのひと粒ひと粒のなかに、光がきらめいていた。そのきらめきは合成され、分離し、吹き飛ばされていった。
僕は、僕が見ている窓際に座っている人の視線に気が付いた。僕はうつむいて視線をそらす。
たぶん四谷辺りで乗り込んできた人で、カラフルなニットの帽子に、純白のマフラーをしていた。女子大生だろうか。年相応の、趣味の良いバッグと、可愛いピンクの傘を持っていた。彼女はじっとこちらを見ていた。
誰だろう。彼女はとても可愛い。文句の付けようのない肌の上に配置されている、文句の付けようのない下唇、上唇、鼻、目、眉。
彼女を構成する全ての部分や、その配置や、それらが生み出す動的なバリエーションまでも、一切の嫌みがなかった。

それどころかそれらには、この時空間の裏に潜む、美と世界の全法則との、さまざまの共感があり、数々の巧緻な関係があった。神の手になるイヴが備えていた完璧な美を、遙かな時を隔てて、彼女は相続しているのだ。




あ、、うちの隣の部屋に住んでる女の子じゃん。




2ヶ月ぶりくらいに見た。
奇遇だ。
運命だ。
これは持って帰れという思し召しですね。
そうですよね、神様。
というか同じマンションに帰るんじゃん。
いやっほほーーーい!!!!!!


いやいや、よく考えたら絶対気まずいな。
逃げちゃおっかな。
どうする?
どうするよ、俺?


①一緒に帰る
②逃げる
③抱く


③→「本当に抱きますか?」→「はい」→抱いた!!


みたいな感じだったら楽なんだが。あ〜、悩ましい悩ましい悩ましい悩ましい悩ましい悩ましい悩ましい悩ましい悩ましい悩ましい悩ましい悩ましい悩ましい悩ま
「お隣さんですよね??」


エヴァ(仮)は立ち上がり、僕の座席に歩み寄り、吊革を掴んでいる腕をいっぱいに伸ばして、僕の顔を覗き込んでいた。
「あ、、は、はい。奇遇ですね。えっと、、それにしても良く降る雨ですよね。」
し、しまった。何を言ってるんだ、俺は。何で無意味に天気の話?大人か。大人かて。
「そうですねー。でもほら!!前に折れちゃった傘、覚えてますか?買い直したんですよ☆ほら、このピンクの傘☆可愛いですよね?」
「う、うん。確かに。」
いやいや、いかんいかん。無愛想だ。しかも偉そうだ。
「ですよね☆良かった。。隣、座っていいですか?」「え?うん、どうぞ。」
他愛のない話をした。大学の事。仕事の事。地元の事。
酔いに後押しされて、少し落ち着きを失っていたのだろうか。普段なら絶対に話さない様な事をついペラペラと話してしまった。

今夜の事。違和感の事。善意と好意の事。空虚な気持ちの事。
「相手の方も、竹中さんも、悪くないんだと思いますよ。。違和感がなくて、ずーっと一緒にいられる人が、運命の人なんだと思います。」
「そんな人いないよ。」
「そんな事ないですよ。私、竹中さんに違和感、全然感じないですよ。」
「、、、」



僕とエヴァは水道橋で電車を降りた。雨は小降りになっていた。僕がピンクの小さい傘を持った。僕の事はほんの少し、彼女の事はたっぷり気を付けて、僕は傘を持った。僕の右腕と彼女の肩には永遠とも思える数センチがあり、僕は彼女のその距離感が完璧に好きだと思った。駅からはほとんど話さなかった。
マンションに着き、エレベーターに乗った。
8階まで上がった。
エヴァは言った。
「今度、一緒にご飯食べませんか?一人暮らしの晩ご飯って味気ないし、寂しいんです。。」
僕と彼女は隣同士の部屋にそれぞれ帰った。僕は隣の部屋の物音に耳をすませてすごした。静まり返っていた。